Epic Diary
日々の出来事や空想をまとめたものです。
2014年9月24日水曜日
2014年9月21日日曜日
東京に置いてきたもの
いよいよ東京から離れる事になって、これからの事で毎日色々調べもの等していたんですが、昨日友人が東京から遊びにきた事で、離れた土地の事について想い返してみました。
とにかく寿司屋かなんかなんですかと言わんばかりに、向こうでの仕事は忙しかった。一年のほぼ全ての時間を仕事に費やしているのですが、それでもストレスを解消せねばと寝る時間を惜しんで飲みに行ったり、遊びに行ったりしていました。
正直毎日意識も朦朧とした中で働いていたので、自分の仕事に対するフィードバックだったりとか、プライベートについてもまともに考えれなくなっていたのだと思います。
そんな時に出会った友人から思いがけない事を聞いて、はっとする。
自分は人を大切に思っていたのだろうかとか、どういうつもりでその発言をしていたのだろうかとか、今思い出しても感覚的に話していたのだろうというところばかり。
具体的に相手の事を想った事なんてなかったように思う。反面、誰かがした事に対して本気で怒る事や、自分の意見を伝える事もなかったのかもしれない。
割と生真面目と呼ばれる方でなんでもちゃんとやりたいって思っているんですが、だからこそこれまでいろんな事を赦す事が出来なかった。でも、赦すことが大切に感じてもいて、今日はなんだか答えが出ないまま終わりそうです。
とにかく寿司屋かなんかなんですかと言わんばかりに、向こうでの仕事は忙しかった。一年のほぼ全ての時間を仕事に費やしているのですが、それでもストレスを解消せねばと寝る時間を惜しんで飲みに行ったり、遊びに行ったりしていました。
正直毎日意識も朦朧とした中で働いていたので、自分の仕事に対するフィードバックだったりとか、プライベートについてもまともに考えれなくなっていたのだと思います。
そんな時に出会った友人から思いがけない事を聞いて、はっとする。
自分は人を大切に思っていたのだろうかとか、どういうつもりでその発言をしていたのだろうかとか、今思い出しても感覚的に話していたのだろうというところばかり。
具体的に相手の事を想った事なんてなかったように思う。反面、誰かがした事に対して本気で怒る事や、自分の意見を伝える事もなかったのかもしれない。
割と生真面目と呼ばれる方でなんでもちゃんとやりたいって思っているんですが、だからこそこれまでいろんな事を赦す事が出来なかった。でも、赦すことが大切に感じてもいて、今日はなんだか答えが出ないまま終わりそうです。
2014年9月19日金曜日
幼い頃の記憶と性格と性質について
ベッカライ・ビオブロートのパンを読んで日本にも変わった人がいるのだなぁとつくづく思うわけなのですが、著者松崎太さんの優れているところとは、自身についてとても分析的で自分が好きな事や志向性をよく自覚しているところだと思いました。
若い頃って何が出来るのか何をやりたいのかぼんやりしすぎていて、ひょっとしたらこんな事も出来てしまうのではないかと思ってみたり、無理な事をやったりするんだけど、果てしなく働いたり、その環境に居る人達とご飯に行って会話をする機会を設けて早く一人前になろうとするんだけど、私の場合、自分のやりたい事って自分が一番よくわかっていたような気がします。
思春期を迎える前の自分はそれがよくわかっていて自分に合った将来を夢見ていた気もするんですけど、でもいつのまにか目の前にある課題をクリアしなきゃいけないとか、世の中の果てがどこにあるのか自分を否定しなければ新しいものが見えて来ないとか色々な事を考えているうちにどんどん居心地の悪い状況に知らない間に自分が置かれてしまっていて、誰かがストップをかけてくれない限りどうにもならずに進んで行った。。。そんなところが今の自分にはあるような気がします。
だいぶ昔友人が突然消防自動車にひかれた事があって、仕事を辞める辞めると言っていたのに全然辞めないから強制終了を神様がかけたって冗談で言っていた事があったけど、本当にそんな感じだと思いました。
これからどうなるか、どうするかもまだ検討段階ですけれど、幸せの形を探しに行こうと思います。
若い頃って何が出来るのか何をやりたいのかぼんやりしすぎていて、ひょっとしたらこんな事も出来てしまうのではないかと思ってみたり、無理な事をやったりするんだけど、果てしなく働いたり、その環境に居る人達とご飯に行って会話をする機会を設けて早く一人前になろうとするんだけど、私の場合、自分のやりたい事って自分が一番よくわかっていたような気がします。
思春期を迎える前の自分はそれがよくわかっていて自分に合った将来を夢見ていた気もするんですけど、でもいつのまにか目の前にある課題をクリアしなきゃいけないとか、世の中の果てがどこにあるのか自分を否定しなければ新しいものが見えて来ないとか色々な事を考えているうちにどんどん居心地の悪い状況に知らない間に自分が置かれてしまっていて、誰かがストップをかけてくれない限りどうにもならずに進んで行った。。。そんなところが今の自分にはあるような気がします。
だいぶ昔友人が突然消防自動車にひかれた事があって、仕事を辞める辞めると言っていたのに全然辞めないから強制終了を神様がかけたって冗談で言っていた事があったけど、本当にそんな感じだと思いました。
これからどうなるか、どうするかもまだ検討段階ですけれど、幸せの形を探しに行こうと思います。
松崎太(著)
2014年9月16日火曜日
設計図を描く
これからの生活について設計図をちゃんと描かないと、惰性で暮らす事になりそうだとそんな事をうっすら思いつつ、この日記を書いています。
元来飽き症で目標を達成した瞬間にやる気をなくす気質をなんとかしたいのですが、そうであるならばきちんと段階を踏んだ目標を立てなくちゃと思います。
それも中、長期的な…。
今年が2014年なので2017年までに資格をとる→36歳。
2018年からは東京もしくはフランスに渡り働く2020年→38歳。
2022年開店→40歳。
で参りたいと思います。
フランス語…ああフランス語…。
元来飽き症で目標を達成した瞬間にやる気をなくす気質をなんとかしたいのですが、そうであるならばきちんと段階を踏んだ目標を立てなくちゃと思います。
それも中、長期的な…。
今年が2014年なので2017年までに資格をとる→36歳。
2018年からは東京もしくはフランスに渡り働く2020年→38歳。
2022年開店→40歳。
で参りたいと思います。
フランス語…ああフランス語…。
2014年9月14日日曜日
映像とレクイエム
以前知人にそこまで映像の知識と技術があるならうちで働かない?と誘われた事がありました。自分の中で決めていた事があって、それは「もう映像は趣味でしかやらない」という事でした。
映像関係の仕事に就いていない人の「もう映像は趣味でしかやらない」理由の多くは学生時代に作った作品が終わってみるとあまりにも恥ずかしくてもうやりたくないとかですが、私には全く別の理由がありました。
正直映像を作っていた頃の自分は、ちっとも楽しくなかった、んです。他の人に言うと意外と思われるかもしれませんが、(なぜなら誰よりも映像に取り組んでいたから)でも、ある目標を達成する為だったんです。
その目標とは、世界大会で賞をとる事。そして、とれた。とれて嬉しかったというよりは、やっと終わるという想いだったと思います。終わるのは、死について考える日々が。
今になって思えば私が作ろうとしていたのは鎮魂歌だったんだと思います。今日、素敵な本を読んで、それは活き活きと悦びを目指す本でした。人を幸せにするためのものに向かう、それは私には大切なキーワードだと思います。
これからの人生、どうか自分の人生もこのようでありますように。
映像関係の仕事に就いていない人の「もう映像は趣味でしかやらない」理由の多くは学生時代に作った作品が終わってみるとあまりにも恥ずかしくてもうやりたくないとかですが、私には全く別の理由がありました。
正直映像を作っていた頃の自分は、ちっとも楽しくなかった、んです。他の人に言うと意外と思われるかもしれませんが、(なぜなら誰よりも映像に取り組んでいたから)でも、ある目標を達成する為だったんです。
その目標とは、世界大会で賞をとる事。そして、とれた。とれて嬉しかったというよりは、やっと終わるという想いだったと思います。終わるのは、死について考える日々が。
今になって思えば私が作ろうとしていたのは鎮魂歌だったんだと思います。今日、素敵な本を読んで、それは活き活きと悦びを目指す本でした。人を幸せにするためのものに向かう、それは私には大切なキーワードだと思います。
これからの人生、どうか自分の人生もこのようでありますように。
"人間は夢見る思いで一生の重大事を決定することが多い。仕事をはじめる動機は夢がよい。
だが、ここで慎重に考え込んでいると、機を逸して駄目になる。
思い切って果敢に行動することだ。
考えることの大切なことはその次にあらわれる。
慎重に、広く、深く仕事の当否を考え直す。
最後に、仕事の成否はただ祈るほかない。
仕事には「運」がある。
大切なことはこの順序である。
祈ることからはじめると科学的でなくなり、
行うことからはじめると現実に流され、
考えることからはじめると遂に行動しない恐れがあるからだ。
人間は夢見る思いで一生の重大事を決定することがよい。"
三つ星レストランの作り方: 史上最速でミシュラン三つ星を獲得した天才シェフの物語
血が通う仕事とは
なんだかおどろおどろしいタイトルになってしまいました、が、仕事をする上で何にウェイトを置いて、どうするのがベストかって事について。負けず嫌いなので、どれもきちんとやりたいと思ってしまうけれど、きちんとやってもらえるとわかると、周りからぼんぼん仕事が降り掛かってくる。。。
このジレンマにいつも苛まれてきたわけですが、つまるところ大切なのは受ける際の事。受ける際にどれだけ周りに振り分ける事が出来るかが大切になってくると思うのですが、更なる問題としては周りに振り分けたところで周りが目的とするスペックまで合わせてくれないというところ…。
自分の想い通りに作りたいのであれば事業規模を小さくするしかないというのが結論。大企業で多くの仕事を抱えている人に更に仕事を振り分けたところで時間の許す範囲で作るやっつけのものがあがってくるに決まっている。
行き詰まる時は本当に全部にストップがかかってしまうんですが、それでもそれって悪い事ではないと思う。やりくり上手な人も周りにはたくさんいて話す機会も多かったけれど、仕事を振り分ける事がメインになってしまう、面白いものは生まれない。
効率はよく、しかし時間をかけるところにはかけていくスタンスはこれからも変わる事はないと思います。でないと心を入れて仕事など出来ないとおもうから。
このジレンマにいつも苛まれてきたわけですが、つまるところ大切なのは受ける際の事。受ける際にどれだけ周りに振り分ける事が出来るかが大切になってくると思うのですが、更なる問題としては周りに振り分けたところで周りが目的とするスペックまで合わせてくれないというところ…。
自分の想い通りに作りたいのであれば事業規模を小さくするしかないというのが結論。大企業で多くの仕事を抱えている人に更に仕事を振り分けたところで時間の許す範囲で作るやっつけのものがあがってくるに決まっている。
行き詰まる時は本当に全部にストップがかかってしまうんですが、それでもそれって悪い事ではないと思う。やりくり上手な人も周りにはたくさんいて話す機会も多かったけれど、仕事を振り分ける事がメインになってしまう、面白いものは生まれない。
効率はよく、しかし時間をかけるところにはかけていくスタンスはこれからも変わる事はないと思います。でないと心を入れて仕事など出来ないとおもうから。
2014年9月12日金曜日
いい加減休みなさいとの神のお達し
はちゃめちゃに働いた日々が遠ざかり、人のしがらみとか、業務の引き継ぎも一段落して専ら気管支炎を治す事に専念するというところに来ております。
今日は本当に何もしなかった。読みかけの本も読みながら寝てしまったり、新しい事をする気も起きなかったので、来週こそは体調を戻してがっつり動きたいなぁと思います。
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